
独断場
2004年の九州行で幾つかの駅を見て回ったが、実はこの小倉駅に最も興奮してしまった。
まず、駅の中にいると、それを全く感じさせないのだが、あれだけ大きな構造物が地上に建つのではなく、何本も並ぶホームを跨いでいることに驚く。相模大野駅も同様の構造をもつがスケールはこちらが大きい。建設工事はさぞ困難を極めたことと思う。
ファサードはいいと思わない。中層棟と高層棟の組み合わせは、中々の迫力であるけれど、ちょっとチグハグ。但し、両者のデザインに変化をつけること自体、間違ってないと思う。同じデザインにしたらインパクトに欠ける書割りみたいに見えたことだろう。ただ、この姿は、なんだかビルのてっぺんに瓦屋根を載せたような違和感を覚える。方向性に異論は無いだけにもう少し何とかして欲しかったなあ。
それに対して、内部の空間=南北自由通路はすごかった!駅舎にモノレールが突っ込む、というシチュエーションそれだけで十分にスゴイ。だが、私を最も興奮させたのはここでも「光」であった。
まず、大きく閉ざされた自由通路と駅前広場に溢れる陽光とのコントラスト。自由通路は幅40m・高さが15mの大きな空間だから、その開口部が切り取る駅前広場の光景も大きく、当然陰と陽のコントラストも大きくなる。
さらに、市民広場の巨大なトップライトは、(陳腐な表現でイヤだけど)そこに光が降り注ぐかのようで、暗い自由通路の中にあって「光のオアシス」であるかに思えてしまう。自然と人はこの場所に導かれよう。利用者がここを待ち合わせに使うのも、単に改札口に近いからだけではなかろう。
だが、私が最も感嘆したのはモノレール駅を隔てた市民広場とは反対側の空間である。こちらは市民広場に比べて人通りが少なく静かだが、在来線ホームを跨ぐ部分の壁面はルーバーになっておりここから差す日の光がとても力強く、しかし清々しいのである。この日の光のよってこの場所は駅の自由通路でありながら非日常的なイメージさえ持つ空間になった。
少し勿体無い、と思うのは、この自由通路の内部デザインやインテリアがかなり無機質で、滞留する空間としての雰囲気にかけている点だ。特に市民広場はもっとくつろげる場にしても良かったのではないかと思う(あくまで通路の一部だから、そのような演出は敢えて避けたのかも知れないけれど)。